東京行きの新幹線の中で、ぼうっと車窓を眺めている。
なんだか昔ながらの似た家が多い地域だなぁ、田んぼや山があるな、えぇ、山の中に家あるやん。
古くて広い家は、きっとお手入れが大変なのだろうな。このまちに仕事はあるのだろうか。
なかったら、やっぱりおばあちゃんおじいちゃんが、がんばっているのだろうか。
私の知らないまちの、知らない暮らし。
この家の数だけ暮らしがあり、唯一無二の人生があるのだ。
何を考えて、どんなふうに暮らしているのだろう。近所のだれとおしゃべりするのが好き?どんなごはんをつくっているの。何にお金をつかうの?
そらがひろい。遠くの山が白く見える。田んぼに青空がうつる。
そのひとにとっては当たり前になっている、小さな出来事のすべてを知りたい。
あなたを形づくっているのは、なんだろう。くちぐせは?

ああ、いつか、こんなふうに小さなまちを転々と旅しながら、知らない誰かの、ありふれているけれどその人だけの暮らしについて聞きたい。そしてそれを記録するように、残したい。
新幹線の速度はとてもはやく、景色は一瞬で過ぎていく。そしてその膨大さに圧倒される。
こんなにも広いんだよな、ほんとうは。どこへだって行けるんだった。
計画を立てないといけないと思うと苦しくなる。人生のことも、今回の旅だってそうだ。
でも、べつに、計画なんて必要なかったのかもしれないと思い出す。
だだっ広い自然の中にいると、そういういろんなことが、もろもろと崩れだす。
この世界はとっても広いこと。美しい景色がたくさんあること。その中に、たくさんの暮らしが絶え間なく、遠い昔から存在していること。
そのすべてが、わたしにとってずっとずっと希望だ。
広島の知らないスナックで踊っていた、あの日のように。全く知らない世界をいっぱい見たい。連絡先も交換していないいろんな人と喋ってみたい。
あなたのことを知りたい。
わたしが今日まで生きてきたこと。あなたが今日まで生きてきたこと。
それは紛れもなく奇跡で、祝福すべきことだと、心の底から思うのだ。
銭湯の浴槽で、純喫茶のカウンターで。
不思議な巡り合わせで、日常が交差する。
顔を見合わせ、会釈をし、軽く喋り、「じゃあね」と言って離れる。
たったそれだけのことが、なぜこんなにも愛おしいのか。

あなたのことを、わたしは覚えているよ。
あなたがここにいたこと。あなたの喋り方、声、そのなにもかもを、わたしは忘れない。忘れたくない。
そして、わたしが感じたことのすべてについても。
文章を書くことによって、忘れまいとしている。
もう二度と繰り返さない、ありふれた瞬間を、どうにかして覚えておきたい。
高校生のころに書いた文章には、高校生のころのわたしが、ちゃんと今もなお生きている。
それって、なんて素敵なことなんだろう。
きれいじゃなくてもいい。かっこいい功績なんかじゃなくて、愚痴だっていいのだ。
学校帰りに友達とクレープを食べるだけの動画にも、ちゃんとあのころの記憶がある。
そのどれもが、あなた自身の分身で、宝物だ。
いいなぁ。ひとって。
暮らしって、生きるって、面白いなぁ。
大丈夫だ、なにもかも、きっと。


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