北加賀屋の大通り沿いに、ぽつんと灯りがともる店がある。居酒屋「北加賀屋ピカ」店主の原口さんに会いに行った。

人を束ねて成果を出す会社員から、自分がいきいき生きられるために自営業へ一念発起
高校は体育会系。卒業後はなんとなく医療系の専門学校へ進んだが、早々に嫌になった。だらだらと通い、卒業してからは2年ほどフリーターとして過ごした。同期が大学を卒業する年、「このままじゃあかん」と、好きなことをしようと思い立つ。当時好きだったのはジーンズだった。LEVI’S®を集めていたこともあり、LEVI’S®の店舗で1年ほど働いた。
その店は個人売り、ノルマ制だった。
「自分が休みの日に仲の良いお客さんがきてくれても、他の人はきちんと対応してくれへん。『原口さんのお客さんでしょ』って。けっこう息苦しくて。」
そのころ、近所の八尾市に大きな商業施設ができた。アダストリアという会社のグローバルワークというブランドでアルバイトを始め、1年後には社員に、2年後には店長に。何店舗か店長を経験したのち、エリアマネージャーになった。その会社で計13年。辞める前は10店舗ほどを担当し、売り上げ管理や人材管理、店舗を巡回しながら現場で起きるさまざまなトラブルのケアもしていた。
「接客は自分に向いてると思ったけど、どんどん運営や経営、数字の管理が楽しくなった。」
一方で、こんな話もしてくれた。
「会社員のときはチームマネジメントを評価されてるタイプやった。人を束ねて成果を出してって。新入社員の研修トレーナーのひとりにも選任されてて、毎年2〜300人をホテルとかで研修するんやけど、会社にそんなふうに評価されてる自分がしんどかった。本当の自分は違うのになって。」
やめる2、3年前からは、トップダウンで降りてくることを現場に通訳して落とし込んでいく仕事になっていった。次のキャリアは本部への東京異動。出世ではあったが、32歳で子どもが生まれ、出張も増えていた時期だった。
「出世欲がなかったのに、単身赴任までして家族と離れてこの会社で何がしたいんやろう、と思った。」
36歳で退職を決意する。妻に話すと、「あなたの人生やから」とさらっと背中を押してくれたという。
子どもが生まれたばかりで、これから安定するはずだったタイミングだった。
上場企業を辞めて、この先どうなるかもわからない道に踏み出す夫を、それでも軽やかに送り出した。
過ごし方を各々決められる、「ここでいいやっていう店」を目指して
「飲食店がやりたいというより、自己表現と社会貢献がちゃんと一致することがやりたかった。」
会社員時代、チームをまとめる仕事は評価されていた。それでも、どこかで感じていたズレは、開業の理由にそのままつながっている。
「自分が『こうしたいな』と思ったことを表現できて、それを愛してくれる人たちと出逢いたかった。」
食は日常に近く、自分やまち、関わる人と自然に寄り添えたり関係性を築けたりする仕事だと思い、一念発起。個人オーナーが経営する名店「南森町の粋なおつまみとお酒にこ」で4年ほど修行をした。36歳から修行して、40歳で開業する。そう決めていた。
「仕事大変やったとき、帰りにふらっと飲みに行って気を晴らしてくれたのも、飲食店やったことが俺には多くて。」
開業までに必要なお金は、当初の見積もりを大きく超えた。1000万円くらいで、と思っていたが、結局1500万円ほどかかった。500万円の貯金はすべてなくなり、借金も背負った。
「軌道に乗らなかったらどうしよう、っていうのが心情やった。」
それでも、「やらなければよかった」とは一ミリも思っていないという。
「お金をかけずによくないものができるより、お金をかけてでもいいものができる方がいい。想いが乗ってないと『ここええな』とは思ってもらわれへんから。」
ピカで目指しているのは、どんな店なのか。
「押し付けたい自己表現ではない。他とは違う遊び心やおしゃれさを感じてもらって、ちょっとだけ期待してもらいたいのかもね。あそこ行ったら、おもろい話できて人と出逢えるやろ、って。」
「女性ひとりでも気負わずに行ける安心感を大切にしながら遊び心もってやるのが、うちらしさかなって思ってる。ハマったなと思ったことはないな。でも、どうなったら納得感のある状態なのかを聞かれてもわからんから、結局そうやって考えて積み重ねていくことでしかないのかなと思ってて。」
「『また行きたい店』ってあるやん。コース料理とか、すし食っておいしい、とか。でも俺の中では、そういう非日常のお店じゃなくて、『ここにいたいな』『ここでいいな』っていう日常の店を目指してる。長く積み重なることがいいかなって。」
新規のお客さんがどっと来るよりも、地域のお客さんが定着していくこと。ただし、それは同時に売り上げが伸びにくいことも意味する。
「なんらかのミラクルで名物商品が生まれて、難波や梅田から電車乗って飲みにきてくれる人が出てきたら、地元の人は離反すると思うねん。『誰かのまた行きたい店』になったら、『ここでいいやっていう店』からは離れる。宿命やと思ってる。」
理想は、いつも同じメニューで、安心しておれる場所。でも、と原口さんは笑う。
「俺飽き性やねん。メニュー10種類つくって、1番出てない2種類とかすぐ消したがる。まず性分に向いてないというか。ピカにきてくれてる人に求められてるのは『いつも一緒のこと』じゃなくて『何かちょっと変わってること』やと思ってて、そこに応えたい自分もいる。」

探しても見つからない答えも、自分なりに探し続けること、それを日々積み重ねること
原口さんは、しっかり者に見える。本人はこう言う。
「思いつく力は弱くて、まず理論から入るのよ。発想力ある人が羨ましいし、仕事をするならそういう人としたい。俺は出てきたものを磨いたり要約して渡すのは得意なんだけど。すぐ裏付け探すからね。」
北加賀屋を選んだのも、理屈と縁が両方あった。
「ローカルな街でやる方が、積み重ね型でできるから。自己表現と他者貢献がマッチしやすい。元々嫁さんの地元で、ここに住んでたから地の利もある。どんな人たちが暮らしているか知ってた。」
どんなふうに店で過ごしてほしいか、と聞くと、こんな答えが返ってきた。
「こう過ごして欲しいって決めるより、お客さんが過ごし方決める方がいいなと思ってる。喋っててもいいし、端っこで携帯見て過ごしてもいい。」
「家族で父と夫という役割がある。仕事はピカの店主という役割。お店の中でピカが目指しているのは、家の、仕事の役割からちゃんと外れられる場所。ちょっとひとりで過ごしたいんですよ、というのも叶えられれば、誰かと会って新しい交わりや関わりができる、そのどちらも選べるっていうのはいい店やと思うんですよ。」

このお店に、原口さん以外の人が立つ日がある。カフェ「sakuri」が間借りする日、月に一度の「サンポ屋Bar」の日。
「sakuriも、サンポ屋Barも、一番イヤな表現をしたら、俺に合わない人も来てくれる機会になる。自分で作れない空気って絶対にあって、でも違う人が立ってたら違う空気が作れて、また新しい場所になると思うから。」
そして、こんな言葉も。
「イキってやってるんじゃなくて、世の中では間借り営業なんて普通やん。でも北加賀屋にはあまりないやん。いっぺんに何か変えるというより、『またちょっとおもろいことやってるやん』っていう温度で、ロールモデルを作るっていうことは、使命やと思ってるね。」
使命、と言い切りながらも、原口さんの語り口はいつも軽い。大きな言葉を使うときほど、それを支えているのは日々の小さな繰り返しなのだと、話を聞いていて感じた。実際、インタビューの中で、原口さんは何度も「積み重ね」という言葉を使った。聞くと、こんな答えが返ってきた。
「マイナス思考で、答えの出ない問いを探し続けてるからやと思う。どうやったらバランスよく働いていけるんやろう。どうやったら喜んでもらえるんやろう。探しても見つからないことも、着地しないこともわかってるねん。でも、探すのをやめるのが怖いねん。」
「目指してるのは別に綺麗な山じゃないのよ。結果はまだまだわからない。」
最近、何軒か街中の店に視察に行ったという。
「流行ってる理由、バラエティーのあるメニュー、スタッフ何人もいて接客が行き届いてる、アテがひとつずつ凝ってる。丁寧に仕事してんなぁ、評判ええやろうな、って。それは、答えや。でもその答えをピカに持ってきても絶対にうまくいかん。そこに辿り着いてる前提が違うから。」
答えをそのまま持ち込むのではなく、北加賀屋なら?ピカなら?と、この場所ならではの答え、つまり「らしさ」をつくっていくこと。
会社員として評価されながらも、自分の表現ではなかったと感じていた。その話を思い出す。お客さんが「役割から外れられる場所」を用意したいと語る原口さんは、まず自分自身が、その息苦しさを一番よく知っている人だった。
これから
多店舗展開に興味はないという。ただし、可能性がまったくないわけではない。
「売り上げをあげたいから多店舗展開をしたいとは全く思ってない。ただピカがやりたかった理由などに倣うことなら、もう1店舗何かやったりもしてみたい。お金が必要になるからじゃなくて、想いが先行していて収益にもなるチャンスがあるならやってみたい。誰かの何かを手伝ったりもしてみたい。
自分の店だけでなく、まちの他のお店に対しても、何かできることはあるんじゃないか。そう聞いてみた。
「どのお店に対しても、『もっとこうしたらよくなるんじゃないのかな』と思うことはある。でもその人がやりたいことと、そのやり方が合うかは別の話。お客さん増やすよりも単価あげる方が簡単ですよ、とか。1日何人くるやろうなとか見てたらある程度わかるしね。数字見せてもらったらもっとわかるやろうし。
やってみる気はあるのか、重ねて聞くと、原口さんはあっさりこう言った。
「全然やるで!力になれるなら!」
北加賀屋のまちの人であればなおのこと。
数字は見える。答えも、ある程度は見える。それでも、それをそのまま伝えることはしたくないと言う。押し付けになってしまうかもしれないから。ただ、聞かれるならいつでも軽やかに手を貸す気でいる。
取材を終えて
わたしは、原口さんの誠実なところが好きだ。行動のひとつひとつに、自分の中の判断基準がある。その知性や真面目さを、ずっと尊敬してきた。
話を聞いていて気づいたのは、その裏付けになっているのが「考え続けること」と「積み重ねること」なのだということだった。わからなくても、考えることはやめない。でも、考えすぎて行動がブレるわけでもない。わからないままでも、それは積み重ねなのだと認識しているから、足取りがいつも確かで、信頼できる。
やりたいことまでの遠さに、漠然と不安になることもあるだろう。それでも、これは問題なのか、課題なのか、と自分に問い続けているのだ。
原口さんがすごいのは、自分自身と向き合い続けているところだ。だからこそ、会社員だった頃も、ピカの店主である今も、まわりにはいつも人がいる。おいしいものが食べられるから、というだけの理由ではない。原口さんだからこその雰囲気があって、それがこの空間とちゃんと合っている。
それは、積み重ねているからだ。自分で考え続けた中で生まれたものが、この空間と仕事のすべてになっている。ブランディングとか、そういう言葉で片付けてしまいたくないくらい、それは原口さん自身の姿そのものなんじゃないか、と思っている。


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